人生で最も大切なのは衣食住 心技体は感謝の気持ちにより育てられる

キッパーズケルシュのカレー

 日々忙しく流されるように過ごしていると、その一日一日を大切に過ごしていないなぁと少し自己嫌悪に落ちることがあります。ここ数カ月の僕自身がそうで、マズイなぁと思いながらも、独り身ゆえに誰かがいつもの暮らしで何かしらの素敵な変化を与えてくれることもなくダラダラ時だけが経ってしまいます。
 そんなバタバタと忙しい毎日のいつもの通勤電車の中でふと想うのは、人間生きていくなかで一番大切なことは何だろう…ということ。おぼろげながらというか、少しハッキリとその答えは出来上がっていたりします。
 それは、そう衣食住…。

 人が生きていくうえで真っ先に整えようとする事柄は、衣食住でしょう。そう、それは一般的に言われる心技体よりも早く欲する根本的な欲求。人間豊かになってくると、共同体の中で生きていくために、心技体こそが大切だと誰からとなく教わってきます。そして、はやもすると衣食住の言葉の前には「贅沢な」というような形容詞が添えられ、ていねいで豊かな生活が時には目の敵にさえされてしまいます。
 衣食住と心技体。どちらも大切だとは思います。けれど、どちらかというと衣食住の方が僕は大切だと思います。例えば、優しくて腕が良くて健康そのものだけれども、ボロボロの白衣で毎日カップラーメンばかり啜りノミだらけの煎餅布団で過ごしている医者から厳しく諭されるよりも、少し意地悪で腕も劣りおまけに猫背だけれども、清潔な白衣を着て規則正しい食時と睡眠をとっている医者からの忠告の方が心に響きます。

 心技体三つが揃った「立派な」人間にならないと、他人から感謝もされないし仕事もできない。だからお金を稼ぐことも出来ず、「貧しい」衣食住しか手に入れることはできない…。確かに、そういう考えもあるでしょう。けれど、僕はロジックとしてはその逆だと思っています。
 そう、慎ましくもていねいな日々の衣食住に関して、それに「感謝の気持ち」を感じれば、おのずと心技体は育っていくもの…そう思っています。

 そんな考えを僕に抱かしてくれたのは、二十数年前、僕が小学校二年生の時の担任の先生でした。おそらくは50代の女性の先生で、子供たちのしつけにとても厳しい先生でした。
 大雨ばかり降っていて外で遊ぶこともできなかったある日。給食は子供たちの大好きなカレーライスでした。単純なもので、僕たちはそれだけでテンションがあがり大騒ぎ。配膳が終わり「いただきます」のあいさつの前、そのおばあさん先生はこういう話を始めました。

 今日も皆さん全員が元気に給食を食べることができます。外はあいにくの雨ですが、私たちは今こうして温かく美味しいカレーを頂こうとしています。
 カレーのルーを作って下さった人々、お米を作ってくれた人々、お肉やお野菜を育て作ってくれた人々、そしてそれらを美味しいカレーに料理してくださった給食のおばさん達…。私たちはその方々に感謝しなければなりません。もちろん、スプーンや食器を作ってくれた人々、材料を運んでくれた人々にもありがとうと言わなければなりません。外は雨です。雨に濡れずにカレーを食べることができるのも、立派な校舎を建ててくれた人々のお陰です。温かい格好でカレーを頂けるのも、服を作って下さった人のお陰です。
 今こうして美味しいカレーを私たちが食べられるよう努力してくれた全ての人々、そして元気に育ててくれているお父さんやお母さんに、改めて「ありがとう」を言いましょう。

 小学校で普通の子供だった僕は、その時はあまり何とも思わなかったのですが、年をとるにつれて先生のこの話が思い出されます。
 ただのカレーかもしれませんが、当たり前のように美味しいカレーを頂けるのも、衣食住が揃ってのこと。そしてその当たり前な衣食住を満たしてくれた全ての人々への感謝の言葉をかけなさいという教え。これこそ、心技体を育てていくものではないかなぁと思います。

 当たり前に享受している衣食住。それに対して常に感謝の気持ちを忘れないこと。これが心技体の成長に繋がります。そう、その逆は基本的に成り立たないものです。

 日々忙しく流されるように過ごしている時、僕は外で普通のカレーを少しだけゆっくりと口にします。小学校の時に諭された先生の言葉を噛みしめるように思い出すために…。 

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2012-11-04 | Posted in 日々のこと, , , , , , Comments Closed