レイモンド・チャンドラー 村上春樹訳 『ロング・グッドバイ』 時代や国が変われど社会というものは基本的に変わらない

 レイモンド・チャンドラーの名作『The Long Goodbye』の村上春樹さんによる新訳版『ロング・グッドバイ』を、早川書房の文庫版で初めて読みました。
 チャンドラーに馴染みのない方も、これまで長らく親しまれてきたであろう、清水俊二訳『長いお別れ』という題名、私立探偵フィリップ・マーロウ、アメリカ文学にしてハードボイルド小説の傑作云々となると、耳にしたこともあるでしょう。

 私立探偵マーロウが一人の男、新聞社をいくつも経営している億万長者の放蕩娘の夫・・・テリー・レノックスと偶然知り合う。使い切れないほどの金と引き替えに、放蕩な妻に振り回されるレノックス。傍から見たら最高の人生のように思えるけど、暗い影を宿しているレノックス。マーロウは何となく彼のことが放っておけなくなり、やがて酒を交わすうちに、互いに友情が芽生える。
 ある日、レノックスの妻が殺され、彼に嫌疑がかけられる。マーロウは逃亡を「助ける」けれど、彼はやがて自殺を遂げてしまう・・・。
 事件の影に宿るどんよりとした暗い真相は・・・。

 あらすじを記せばシンプルな物語のようにも思えるのですが、実際に読んでみると、大戦後のアメリカ社会の雰囲気が克明に描かれていて、物語の登場人物を通したチャンドラーによる社会批判めいた雰囲気も感じられます。

 読書が好きなので、もちろんチャンドラーの『長いお別れ』は知ってはいたのですが、海外作品に対する食わず嫌いのせいで、一度も触れてはいませんでした。それが今回、村上春樹さんによる新訳が文庫本で登場ということで読んでみた次第です。
 当時のアメリカ社会の雰囲気、そして脇役といえども描写が非常に丁寧ということもあって、物語に夢中になりました。

 感想としては、「人間社会というのは、時代が変われど国が変われど、基本的なことは何も変わらない」ということ。
 アルコール中毒の男達、威張り腐った警官、患者を食い物にする医者、傲慢な新聞社オーナー、暇つぶしにも飽きた金持ち、鼻持ちならないメキシコ人の召使い・・・。細かな描写が活きている様々な登場人物が抱える闇というのは、基本的に現代の日本社会と同じもの。しかし、チャンドラーの愛情というかなんというか、どんなに悪者でも、人間くさい愛すべきキャラクターばかりが登場します。この辺りは素敵の一言。

 レイモンド・チャンドラーの名作『The Long Goodbye』の村上春樹さん新訳版『ロング・グッドバイ』。親しまれてきた『長いお別れ』にも触れたことがない方はもちろんのこと、推理小説、ハードボイルド小説好きの方にも、当然のようにオススメします。是非、世界大戦後のアメリカ社会、基本的に現代と変わらない人間模様に触れてみて下さい。読めば読むほど、色々考えさせられます。

 最後に、話のメインとは大きくかけ離れるのですが、個人的に興味がそそられたのは、作中における料理や食事の描写。訳者である村上春樹さんの小説にも素敵な料理描写がありますが、それに引けをとらないくらい魅力的です。

 私はキッチンに行って、カナディアン・ベーコンとスクランブル・エッグとトーストとコーヒーを作った。キッチンについた朝食用の小さなテーブルで我々はそれを食べた。どの家にもそういうささやかな一角が設けられていた、良き時代に作られた家屋なのだ。

 そして、有名なギムレットに関しては、レノックスがマーロウにこう注釈をたれている。

「ライムかレモンのジュースとジンを混ぜて、そこに砂糖をちょういと加えてビターをたらせば、ギムレットができると思っている。本当のギムレットというのは、ジンを半分とローズ社のライム・ジュースを半分混ぜるんだ。それだけ。こいつを飲むとマティーニなんて味気なく思える」

 ハードボイルド小説の本筋も面白いでですが、こういった食事の風景というのも本作の魅力の一つだと思います。その辺りも楽しんでみては如何でしょう。

 文庫版の最後には、長い村上春樹さんご自身による解説付きです。これもまた、面白いものです。

ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11)
 作者:レイモンド・チャンドラー
 訳者:村上春樹
 初版:2007年3月(文庫版は2010年9月)
 出版社:早川書房

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2010-09-30 | Posted in 日々のこと, , , , , , , , , Comments Closed